こんにちは。黒田です。
ペコラ銀座お洋服研究日記。
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〜逆転の日曜日〜
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引き続き、18世紀以降の英国における「服装と階級」の本。この本も手に馴染んできた。
産業革命を機に‘身分’から‘階級’の時代へと移り、産業化が進むとともに階級と服装の関係も色んな変化を遂げていくこととなる。
そんな中で19世紀後半に見られる労働者の装いの変化。今日はその話。
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前回の研究日記に綴った、‘すっ飛ばし読み’に立ち戻り挑んで以来、この本の筆者の書く文章がしっくりくるようになってきた。筆者の書く文章のクセに慣れてきたのか?本の中で出逢う考え方がわたしの中で蓄積されてきたのか?、、、その両方かな。
「服装とは、階級を識別する要素であると同時にそれを解消する要素でもある」- 筆者は自身のこの考えについて、いくつかの歴史的事実を述べながら書いている。
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経済的格差から派生した‘階級’は、文化的にも社会的にも人々へ影響を与え続けてきたものである。そのうえで、19世紀初頭の英国における工場制度の発展は当時の繊維産業、とりわけ綿産業との深い関係の中で発展した歴史を持つ。
18世紀後半〜19世紀初頭の英国綿生産業は、英領西インド諸島と奴隷制度と言う基盤のもと成り立っていた。この事から当時の綿紡績や綿織業の労働環境がいかに悲惨なものであったかは想像するまでもないが、この仕組みが‘階級’の為せる迫害と弾圧の最たる悪例である一方で、この仕組みを基盤にした綿産業はその後の奴隷制度廃止にもつながっていく。
肯定的な解釈が難しい歴史的事実ではあるものの、このような悪名高い労働環境の「規制」は、究極的には階級制度そのもの消滅への緩やかな道筋ともなったのではなかろうか。
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服地の産業からも垣間見れる、階級の歴史がある。筆者の言うように、肯定的な解釈が難しい歴史であるけれど、そこに切り込みを入れる事によって人々が動かし、変えてきた歴史である。
さて、19世期も後半になると産業化も進み、労働者の労働環境も少しずつ変わっていく。労働環境の変化とともに、労働者の装いにも変化が見られる。その中のひとつ、イングランド南西部の労働者の装いの変化について、これから書いていく。
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歴史家 Niel McKendrick氏は、人の装いについて「‘階級’の境目がぼやける様子を公衆にて顕とさせる最たるもの」と言う風に言っているそうだ。
また、英国のネイチャーライターであったRichard Jefferies氏は、1872年に次のような事を述べている:
「最近のウィルトシャーの労働者たちは、以前と比べ随分と装いが良いものだ」
さらに続けて、階級間でちょっとした逆転現象が起こっている事を指摘し、次のように述べている:
「労働者たちの基本的な服装は、コーデュロイのトラウザーズにスロップ(ゆったりとした上着)だ。スモックフロックはもうあまり着なくなった。。。それに、ほとんどの労働者が「晴れ着」を持っている、しかもかなり‘良い仕立て服’を。晴れ着は光沢のある黒、そしてそれに合わせて高いシルクハットをかぶるのだ。このところの労働価格上昇に伴って、農家の人たちの間でこんな格言まで出てきた – “日曜礼拝では、労働者は上質の黒羅紗を身に纏い、雇用主はスモックフロックを着て教会に来る”」
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この話を読みながら、当時のイングランド南西部ウィルトシャーの日曜礼拝の場面を想像してみた。まさに、逆転の日曜日。それまでスモックフロックといえば労働者の証とも言える象徴的な服装だったはず。それを、雇用主が着用して教会に来る。その横で、労働者は‘かなり良い仕立て’の黒羅紗の晴れ着を着て日曜礼拝に参加する。
産業化が進む中で、労働価値が上がり労働賃金も上がり、労働者は晴れ着を仕立てる事に金銭が回せるようになったのであろう。そして週に一度は最高の「晴れ着」を身に纏う、逆転の日曜日。なんて素敵な現象なのだろう。そこには階級を超えた労働者たちの品位を感じる。
それから、雇用主がスモックフロックを着ていると言うのも、なかなか素敵な心意気ではないか(当時のこの装いの逆転を表現する”格言”には、スモックフロックを着る雇用主に対する皮肉を含んだものかもしれないけれど)。
普段のお互いの装いが、日曜日になるとひっくり返る。
良いな。良いな。とっても良いな。
眩しいばかりの、逆転の日曜日。
そういえば、ペコラ銀座店主はよく呟いている「昔はお百姓さんも必ず一着は良いスーツを誂えていたんだよね」と。
良い洋服をたくさん誂えて着る事も素敵だし、たった一着の‘晴れ着’を誂えて着る事もすごく素敵。
それぞれに適った洋服の誂え方に、仕立屋さんとして最高の技術をもった仕立てで応えていきたい。
Memo…洋服は着数ではない。